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HOW to Manage
高齢者の検査

企画・監修/日本老年医学会
協賛/第一製薬株式会社


高齢者糖尿病における血糖値の特徴と読み方
東京都多摩老人医療センター 副院長
井藤 英喜
1 高齢者における糖尿病の頻度

 表1は、日本における平成10年度段階での糖尿病および境界型の頻度である。表に明らかなように、加齢とともに糖尿病の頻度は増加し、60歳をこえると男性でも女性でも糖尿病の頻度は15%程度となる。すなわち、6人の高齢者のうち1人は糖尿病なのである。表1の頻度に、その年代の人口を掛け合わせ、糖尿病患者の実数を算出したものが表2である。日本全体では692万人の糖尿病が存在し、うち365万人(53%)は60歳以上と推定されている。また65〜74歳のいわゆる前期高齢期の糖尿病患者は157万人、75歳以上の後期高齢期の糖尿病患者は105万人と、全糖尿病患者のそれぞれ23%および15%を占める。このように、糖尿病には高齢者の占める割合が極めて高いのである。

表1 日本人における糖尿病および境界型(糖尿病予備軍)の割合
    ―厚生省糖尿病実態調査(平成10年)
年齢(歳)
糖尿病注1
境界型注2
男性
女性
男性
女性
20〜29
0.9%
1.0%
0.4%
1.4%
30〜39
1.6
1.7
4.5
3.6
40〜49
5.8
5.4
7.0
7.9
50〜59
13.5
7.5
10.0
10.1
60〜69
17.3
10.3
10.8
8.8
70〜
11.3
15.5
11.3
12.8

表2 日本人における糖尿病の推定人数

―厚生省糖尿病実態調査(平成10年)
日本には692万人の糖尿病患者がいると推定される。うち60歳以上の高齢者糖尿病が365万人(53%)と推定される。
年齢(歳)
糖尿病が強く疑われる人の推定人口
男性
女性
20〜29
9万人
9万人
30〜39
13
13
40〜49
57
53
50〜59
110
63
60〜64
63
40
65〜69
53
36
70〜74
24
44
75〜
30
75
註1:原著では糖尿病が強く疑われる人と表現されている
註2:原著では糖尿病の可能性が否定できない人と表現されている
 
 

2 高齢者糖尿病の血糖値の特徴

 表3は糖尿病の頻度と空腹時血糖値との関係におよぼす年齢の影響につき検討した伊藤の成績を示したものである。表に明らかなように、この検討においても加齢とともに糖尿病の頻度が高くなるが、空腹時血糖値が140mg/dl以上の糖尿病の頻度は増加せず、空腹時血糖値が140mg/dl未満の軽症糖尿病が加齢とともに増加するのである。この事実は、高齢期になって初めて発症する糖尿病の大半は、空腹時血糖値140mg/dl未満の軽症糖尿病であることを示している。したがって、高齢者糖尿病では空腹時血糖値の割に糖負荷後血糖値が高値となり糖尿病と診断される症例が多くなり、その傾向は高齢となるほど顕著となる。
 この特徴は、成人期に糖尿病を発症し高齢となった患者にもみられる。すなわち、成人期と比較し、空腹時血糖値の割には糖負荷(食)後血糖値がより高値となる傾向が顕著となるのである。その結果、高齢者では空腹時血糖値の割にグリコヘモグロビンA1C(HbA1C)が高値となる。
 高齢化とともにこのような特徴が出現する機序の詳細は不明であるが、食後の糖質の主要な代謝臓器である筋肉および肝臓の加齢に伴う萎縮および機能低下が関わっていると考えられている。

表3 糖尿病の頻度と空腹時血糖値におよぼす加齢の影響
 (伊藤千賀子、1995)
年齢(歳)
〜59
60〜69
70〜79
80〜
糖尿病の頻度(%)
FPG<140mg/dl
1.1〜1.5
3.6
5.9
7.3
FPG≧140mg/dl
0.6〜2.0
1.4
2.7
0.8
1.7〜3.5
5.0
8.6
8.1



3 高齢者糖尿病の血糖値と合併症の関係

 日本人における高齢者糖尿病を長期追跡した諸家の報告をまとめると、1.空腹時血糖値が140mg/dl以上の例では糖尿病性網膜症が高頻度に発症する、2.HbA1Cが7.5%をこえると顕性糖尿病性腎症の発症頻度が高値となる、3.空腹時血糖値が140mg/dl未満であっても糖負荷後2時間血糖値が250mg/dlをこえると糖尿病性網膜症の発症頻度が高くなる、4.微量アルブミン尿症を認める症例は高頻度に顕性糖尿病性腎症を発症する、5.空腹時血糖値が140mg/dl以上の症例から虚血性心疾患が多発する、といった結果になる。
表4 厳格な糖尿病管理を必要とする高齢者糖尿病
(長寿科学総合研究班 班長 井藤英喜、1996)
1.
空腹時血糖値が140mg/dl以上
2.
空腹時血糖値が140mg/dl未満であっても糖負荷後2時間血糖値が250mg/dl以上
3.
HbA1Cが7%以上
4.
糖尿病性網膜症あるいは微量アルブミン尿症(+)
以上のいずれかの条件を満たす例は、高齢者であっても厳格な糖尿病管理をおこなうべきである。
 上記の結果から、著者が班長を務めた長寿科学総合研究班では表4に 示すごとく、高齢者であっても、1.空腹時血糖値が140mg/dl以上、2.空腹時血糖値が140mg/dl未満であっても糖負荷後2時間血糖値が250mg/dl以上、3.HbA1Cが7%以上、あるいは4.糖尿病性網膜症あるいは微量アルブミン尿症を認める、のいずれかの条件を満たす場合は厳格な糖尿病管理が必要と提言した。
 
4 高齢者糖尿病における血糖値の読み取り方

 高齢者糖尿病の血糖値の読み取りに際しては、空腹時あるいは食後血糖値に加え、HbA1Cを測定すべきである。空腹時血糖値が正常化しているに関わらずHbA1C高値である場合は、食後高血糖を想定すべきである。高齢者においても、空腹時血糖値は最低140mg/dl以下、できれば120mg/dl以下、HbA1Cは7%以下、できれば6%以下とすることが望ましい。しかし、最終的に個々の高齢者糖尿病でどのような治療目標を定めるかは、個々の糖尿病患者の糖尿病の状態のみならず、 表5に示すごとく他疾患の有無と程度、老年医学的諸指標、および社会的背景などを考慮にいれ個々の症例ごとに定めるべきである。

表5 高齢者糖尿病の治療にあたって考慮すべきこと
1.
糖尿病の状態  罹病期間、血糖コントロール状態、糖尿病合併症の有無と程度
2.
他疾患の有無と程度
3.
老年医学的評価  余命、ADL、認知機能、できればQOL
4.
社会的背景  家族形態、家族および周辺の人との人間関係、キーパーソン、経済的状態


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