時言時論
   
「これから」の医療で求められる意識改革 
 
会長 池 田 琢 哉
     
            少子高齢社会という時代背景のなかで、国の医療の在り方が大きく変わろうとしている。医療改革の方向としては、社会保障制度改革国民会議で「病院完結型」から「地域完結型」への転換が打ち出され、医療と介護の一体化、医療機能の分化、医療機関の連携強化が求められた。これを受けた形で、医療政策としての地域包括ケアシステムの構築、地域医療構想の策定が今、動き出している。では「これまで」の医療と「これから」の医療はどう違うのか。我々や地域住民に求められる意識改革とは何か。また、地方創生に医療はどう関われるのか。私なりに、考察してみたい。


地域住民も改革の主人公

 今回の医療改革の根底にあるのは「医療とは、治すだけではなく、支えることでもある」という、医療に対する意識改革だ。支えるとは、言うならば、患者さんの人生とも向き合い、関わりを持つことであり、その人の生活をどう充実させてあげられるかを、常に意識することだと思う。これまでは、生命を救い、延命を図ることが、医療の主体だったが、それだけではなく、支え、寄り添うことも大きな目的だと思う。
 「病院」から「地域」へと医療の在り方が変わるなか、改革の鍵となるのは「ネットワーク」だと考える。我々がめざす地域包括ケアシステムでは、医療、介護、福祉の連携、職種の違う人々との連携、さらには、地域の基幹病院と、病院、診療所の連携が必須であり、これらをネットワークとして網目状に張り巡らすことが、システムの構築に繋がっていくのだと思う。それには、これまであった職種間の「心の垣根」を取り払うという、意識改革もまた必要である。
 地域医療構想も、同じだ。二次医療圏のなかで、医療機関が急性期あるいは回復期、慢性期などと分かれ、機能を分担することで、病院と病院、病院と診療所が、それぞれの特性を生かしながら、地域全体で必要な医療を提供する。言うならば、「ネットワーク型」の医療提供体制をつくりあげようとしている。それには、「競争」ではなく「協調」が必要で、将来の自院の在り方も考えての意識改革が求められる。
 さらに、今回の改革には、もう一人、欠くことのできない主人公がいる。それは地域に住む人々だ。すぐ隣に、体の不自由な人、認知症の人、在宅で治療するお年寄りが増える時代に入る。地域社会に生きる一人として「互助」、「共助」の心、共に生きるという意識の改革も必要になるであろう。


地方創生を担う「認定かかりつけ医」

 地方創生に関して言えば、地域包括ケアそのものが、地域社会の創生を目指しており、これからは「認定かかりつけ医」が、地域を「健康」で「明るい」街に育てていくゲートキーパーとして欠かせない大きな存在になると思う。
 かかりつけ医という地域に根ざした医療機関があることは、その地域の魅力に直結する。子育て世代の都市部への流出や過疎化を押しとどめることに必ずや繋がっていくと思う。医療や介護だけが、医師、看護師の仕事ではない。地域の人の命を守るのは当然として、病気の予防、健康な暮らし、安心して子育てするための環境、高齢者が穏やかに暮らせる地域社会づくりに関わることも、医師としての責務ではないか。医療の現場でも、意識改革が求められている。
 ところで、高齢化時代における医療の在り方を論じる我々医療関係者にも、間違いなく高齢化の波は押し寄せてくる。地方では、医療・介護を支える人材不足が深刻なのに加えて、高齢化の課題もあり、地域の不安が増している。
 本会が、昨年11月に会員が勤務する全ての有床診療所と病院を対象に実施した調査(回収率99%)では、55歳以上の医師の数が、本県全体では30%だった。これを病院(236)と有床診療所(319)に分けて比べると、病院では27%、有床診療所では55%と、有床診療所の多い本県では、危惧される数字が出ている。また、二次医療圏別では、鹿児島医療圏の26%に対し、曽於医療圏が45%と地域差があり、今後取り組むべき大きな課題である。看護職員でも同じように年齢構成の地域差があり、医療需要の高い高齢者が増え続ける一方で、医療従事者が高齢化しマンパワーが今まで以上に減少していけば、やがて地域医療は崩壊するだろう。郡市医師会からは「過疎化がいっそう進めば、人口減で地域は崩壊する。地域医療構想どころではなくなる」といった危機感迫る声が聞こえてくる。こうなってしまっては「支え、寄り添う医療」など望むべくもない。
 社会保障と経済は相互の関係にあり、県民の不安を取り除き、子育てや老後に不安を抱える県民に「安心」を示すことは、結果的に経済成長を取り戻し、地方創生にも繋がるはずだ。医療・介護の分野はこれから多くの人材を必要とし、雇用が持続して見込まれる職種でもある。地域医療の再生が地域の活性化に与える影響は決して少なくはない。


 「治癒」を目指す医師に

 我々がこれまで経験したことのない、少子高齢社会は目前にある。地域包括ケアシステムや、地域医療構想など、医療政策に関しては、様々な意見があっていい。目的に向かっては、いくつもの道があるはずだ。だが「治す」ことを主眼においた医療から「治し、支え、寄り添う」医療へ、個々の医療から、ネットワーク型連携医療システムへと、意識の改革を求められていることは、間違いない。
 先頃、人工知能(AI)とプロ棋士(九段)による囲碁5番勝負があった。人間対ITの戦いとして注目されたが、予想に反して勝ったのはコンピュータだった。人間はあえなく完敗した。
 翻って、医療の世界では、このところ、ITを活用した診断技術が、血液検査や画像診断などに使われ始めている。我々医師はこれから何をしなければいけないのか、考えさせられる。いくら人工知能が進化しても、命を守るために「人間」を診るのは「人間」である医師であり、そうでありたいと願うのは私だけではないはずだ。
 東北の大震災で、自身の診療所は後形もなく津波に流されたなか、体育館などに避難した被災者の診療に従事したある医師が、報道番組で次のように語っていた。「この震災と被災者への診療を通して、“治癒”という言葉の意味を考えました。“治癒”とは、治し、癒すことです。今までは治すだけだった気がします。支え、寄り添うことの大切さを知りました」。
 地域で支え合う社会の一員として、また、“治癒”を目指す医師として、我々は行動し、発言していかねばならない。