年頭所感
    「安心」が地域を支える 

鹿児島県医師会長 池田 琢哉 

            新しい年を迎えた。皆様やご家族にとって、良き年であることを祈りたい。
2017年の干支は、酉年のうちの丁酉(ひのと・とり)である。丁の字は、釘からきており「安定する」という意味がある。また「酉」は、酒に関するときに用いられ、収穫した作物から酒を造るところから、「実る」と解釈される。「安定」と「実る」が合わされば、いい年になりそうな気がする。ぜひとも、「実り多き年」であってほしい。
 新年早々嫌な話から入るが、昨年の暮れ、大手日刊紙の社説に「社会保障の無駄に迫る検査を」の見出しで、日本の財政は先進国で最悪なのだから、会計検査院がもっと厳しく無駄を指摘せよ、との主張が掲載された。公共事業などの無駄に関して多くの問題点を出して、最後を「日本の最大の歳出は社会保障関係費だ。医療、年金、介護の無駄使いや非効率さを問うのが検査の本丸ではないか」と結んでいた。検査院を持ち出して「無駄を洗い出せ」と言いながら、そのマスコミの狙いは、年ごとに膨らむ医療費の削減、抑制にあることは論を待たない。
 マスコミだけではない。安倍政権も2020年の財政健全化へ向けて、医療費の抑え込みを図ろうとしており、首相の意を受けた経済財政諮問会議が、毎年のように「世代間の不公平是正」、「医療費に定額負担を上乗せすべき」といった諮問をしている。まさに財政悪化の原因は、医療費にあり、と言わんばかりの攻撃を仕掛けてきている。無駄を省き、不公正を資すという主張は一見正論に聞こえるが、決してそうではない。彼らの根底にあるのは、「経済至上主義」で、優先すべきは「カネの取り方、使い方」なのである。
 社会保障と経済は「人の生命と生活の支え」の守りを目的とするものであるはずだ。国民や県民の不安を取り除き、子育ての不安や老後の不安に医療や介護がきちんと対応すれば、結果的には、地域の経済成長に寄与することになるのではないか。国の大本は「経世済民」にあると、確信している。
 このところ「地方創生」が自治体浮揚の大きなテーマとなっているが、我々は医療と介護の分野で、十分貢献できるはずだ。鹿児島県医師会の28年度の重点施策は、「地域医療構想の策定」、「地域包括ケアシステムの構築」、「災害救急医療体制の強化」などだが、いずれも地域の活性化と関連を持っている。
 ここで、子育て支援と経済について考えてみたい。2016年に発刊された柴田悠氏(京都大学大学院准教授・社会学者)の著書「子育て支援が日本を救う」は、子育て支援が社会保障にどのような影響を与えるかを、統計的に解析し、子育て支援の充実こそが、出生率の向上、経済成長率の上昇に繋がると結論づけている。
 内容を具体的に見ていくと、平成27年度予算は、子育て関係で約4兆円を計上しているが、この予算にさらに3.8兆円を増額して、保育サービス、産休・育休、児童手当に充当すれば、女性の労働率が約2.9%上昇、出生率も0.02ポイント上昇すると分析しているのだ。子育て支援の予算が充実すれば、より多くの女性が働くようになり、人材の多様性も高まる。となれば当然経済成長が見込まれ、政策の効果も上がる。私は、社会保障の充実が必ず経済の成長に繋がるはずだと考えており、柴田氏の主張に共感を覚える。
 今、全国の自治体で、「子育て世代包括支援センター」開設の動きが始まっている。このセンターは、「産む、育む、見守る」社会づくりのため、妊娠期から子育て期までの様々なニーズに対して、ワンストップでの切れ目のないサポートをする「包括支援拠点」なのだ。鹿児島県では、既に6市町村に10施設が開設されている。

 昨年の11月、日本医師会、鹿児島県医師会などの共催により、県医師会館であった子育て支援を考えるフォーラムでは、支援センターの開設を急ぐべきだという意見が、会場から出された。私はそこで、ほとんどの自治体に既に開設されている地域包括支援センターと連携を密にしたらどうだろうか、と提案した。地域包括支援センターは、高齢者のためのものだ。そこに、子育て世代が入れば、「妊娠から、看取りまで」の支援の流れができ、子育て中の世代からお年寄りまでの「安心感」を醸成することが出来る。
 地域社会の安心は、地域の活性化につながり、地域創生になくてはならない「核」でもある。2年がかりで策定した地域医療構想もその目的は、病床数の削減ではなく、超高齢社会の到来を前に、地域の限られた医療資源を有効に使い、過不足のない医療体制を作り上げることにある。これもまた、地域住民の「安心」に繋がっていく。
 子育て支援の充実は、様々な政策効果が期待できるので、国の予算化を急ぐべきだし、胎児期から成人期に至るまでの「人のライフサイクル」を切れ目なく支援するという意味で「成育基本法」の早期成立も図らねばならない。そして、当然のことながら、「子育て世代包括支援センター」を全市町村で展開していくことを強く望みたい。
 医師の偏在、需給への対応、新専門医制度の導入、医療事故調査制度の充実、さらには、高い薬価の扱いなど、医療界には当面する課題も多いが、「最優先は人の命と健康」であるという信念のもと、自信を持って、前進したい。
 日医の横倉会長も折りに触れ述べられているように、医療に「経済」の優先はふさわしくない。医療の充実が結果として地域の安心を支え、地域経済の活性化に繋がっていけばと思う。それこそが医師会の目指す道ではないだろうか。