年頭所感
 
   働き方改革と
   ワーク・ライフ・バランス
 

   鹿児島県医師会長 池田哉  

            新しい年を迎えた。昨年5月新天皇が即位されて、元号が平成から令和に改まり、「令和時代」が幕を開けた。11月10日の、天皇ご即位の華やかなパレードを見ながら、令和2年が平和で、希望に満ちた年になることを願わずにはいられなかった。
 少子高齢化に加えて、人口減という課題を抱えながら、我々は今、地域医療構想調整会議の活性化、医師の働き方改革、医師の偏在対策などと取り組んでいる。
そのなかでも働き方改革は、今盛んに論じられている「ワーク・ライフ・バランス(以下WLBと略す)」とも密接な関係にあるだけに、医療関係者の関心は高い。

燃え尽き症候群の若い医師

 実は昨年の秋、東京に出張した際、あるテーマの国際会議が気になり参加した。
日本医師会と学術団体「人間を中心とした医療国際組織」が共催した「第7回人間を中心とした医療国際会議」で、テーマは「ワーク・ライフ・バランス:課題とその解決手段」というものだった。
 会議では、いくつかの勧告がなされたが、私はそのなかで使われた「燃え尽き症候群」という言葉にいささかショックを受けた。ある国際的な調査によると、医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)は世界的流行のレベルに達しており、2019年の英国医師会の調査によると、医師の80%でバーン・アウトリスクが高いか、非常に高く、その中で若手医師が最もリスクが高かったという。
 また、ドイツでの調査によると、入院に従事する医師で週平均60時間以上勤務する医師が20%強もいて、82%の医師が「長時間労働を削減して、医師を増やせ」と要求している。
 世界医師会元会長のスネーデル教授は「各国において燃え尽き症候群の要因は共通しており、仕事に関連したストレスや、仕事と家庭生活のアンバランスがその主な原因となっている」と述べた。
 では、日本ではどうなのだろうか。会議では、日本からも4人の演者が登壇して、医師の勤務環境や、働き方改革の現状などを報告したが、そのなかの若手女性医師 中安杏奈氏は、自らが全国の日赤病院に勤務する卒後1〜5年目の医師226人を対象に、自らが実施した調査結果を基にこう述べた。
 「地方で勤務する医師の不満のトップはWLBが実現できていないことで、診療科の選択、変更の重要な要因にもなっています。医師が望んでいるのは、シフト勤務制の実施と夜勤後の休息、当直明けの勤務の禁止、十分な休日数、主治医制よりは当直医制です」と、充分な休息を求める意見が多かったことを報告した。
 中安医師の報告を聞いただけでも、現場の厳しい勤務環境を想像することができたし、日本にも燃え尽き症候群の若い医師が多くいるのではないかと思った。

医師には患者を診る責任がある

 WLBとは、いうまでもなく、「仕事と生活の調和」。誰しもが仕事に充実感を感じながら、子育てや家族との豊かな時間も持ちたいと願う。もちろん医師も同じ願いを持つのだろうが、医師には患者さんがいる。時間が来たからと言って、すぐに帰ることはできない。重症の患者さんの時には長時間働くこともある。
 また、僻地医療や在宅医療を担う医療機関では、訪問診療先が遠方であれば、時間短縮は困難だ。一方、救急・救命機能を持つ医療機関では、24時間医師がいなければならないし、いつ救急患者が運び込まれて来るかわからない。妊娠、出産、育児で仕事との両立に悩む女性医師もいる。
 こんな現実のなかで、働き方改革の可能性について考えてみたい。
 具体的には、時間短縮策としてタスクシフティング(医師から他職種への業務移管)や、タスクシェアリング(一部の医師に仕事が集中しないような医師同士の業務共同化)の導入がある。仕事の全体量を減らし、早急に医師が医療だけに専念できる環境を作ることが求められる。
 また、暮れに開催した代議員役員懇談会の特別講演会で、中村祐輔がんプレシジョン医療研究センター所長は、A(I 人工知能)による診断・治療、ウエアラブルな装置を利用した患者の、危険な兆候の速やかな情報伝達、薬剤誤投与・画像データ見過ごしなどの、人為的ミスの回避などの可能性について触れた。医師の負担軽減に大いに寄与する未来を、そこに垣間見ることができた。何れにしてもこれらを実現可能にするためには、充分な財源が必要になる。
 働き方というのは、個人の問題でもあり、その人の人生設計とも大いなる係わりを持っているだけに、単に「働く時間」という視点から見るだけでは、解決できないテーマでもある。さらに、多方面からのアプローチが必要になると思う。

できるところから人材交流を

 先の国際会議では、「ワーク・ライフ・バランスに関する東京宣言2019」の宣言案が示された。「個人と社会は良好なWLBに向けて努力し、達成することに強い関心をもっている」とした上で、WLBの利益は個々の医師、保健専門職、患者の利益でもあると、強調している。
 2040年をピークに、日本は高齢者人口が減っていくが、世界では増え続け、どの国も医師不足、医療スタッフ不足になるのは間違いない。その時必要なのは、世界的視野でこの問題を考え、行動を起こすことであろう。自国だけが人材を確保できればいいということではない。「人を救う」という医療の根本があれば、どこの国とでも協力関係を結べるはずだし、できるところから人材交流を始める必要がある。

終わりに

 働き方改革は、WLBを推し進めるための原動力であり、これから何年かかっても実現しなければならない、医療改革の柱だと考える。
 午前9時から午後5時半までこの国際会議に参加して、若い医師の過酷とも言える労働環境の実態を垣間見ることができた。
鹿児島でも厳しい労働環境の医療機関はあるのだろうが、「燃え尽き症候群」の医師を出してはならない。燃え尽き症候群と言われる医師の存在は、患者にとってこの上ない不利益になるし、医師のWLBの実現は患者の利益につながる。
 重要な政策ということもあって、我々は会内に「医師の働き方改革検討委員会」を設置して、精力的に検討を続けている。
委員からは「法令が複雑で、個々の医療機関や管理者に、働き方改革に対する温度差がある」、「長時間労働の解消には、医師偏在や地域医療調整会議とも連動して進めなければならない」といった課題が出されている。
 KKアガラウル アジア太洋州医師会連合(CMAAO)会長は、この会議で「医師自身が幸せでないと患者を幸せにできない」と述べたのは印象的だった。
 また、今回の会議の中で何度も使われた「医師が常にWell-beingの状態であるべき」という言葉は、アルマ・アタ宣言、オタワ憲章、バンコク憲章に盛り込まれてきたヘルスプロモーションの理念と互いに根っこの部分で繋がっていることを感じ取ることができた。因みにWell-beingとは、身体的、精神的、社会的に良好な状態にある事を意味する概念であり、「幸福」と翻訳されることが多い。
 この一年は「医師の働き方とWLB」を常に頭に置いて活動していきたい。その結果が労働環境の改善と患者の幸せに繋がっていけば、と願っている。