時言時論
   
ビッグデータの活用など考えたい
第8次医療計画と地域医療構想づくり
 
  鹿児島県医師会長 池田哉   
   
          
 発症から2年が経つというのに、新型コロナウイルス感染症は、いつになったら終息するのか、予測できない状況にある。ただ、当分の間は感染拡大期と感染安定期という大きな波の動きに注意しつつ、いつかは訪れる感染終息後の医療体制をどうしていくのか、少子・高齢時代のなかで、持続可能な地域の医療体制をどうつくりあげるのか、今から考えておく必要がある。

コロナで見えてきた課題

 まずは、コロナで見えてきた、我が国の医療の課題について論じてみたい。コロナの発症後、我々県医師会は「感染予防策の徹底」、「検査体制の確立」、「医療提供体制の整備」、「関係機関との連携強化」の4項の柱の下、対策を進めてきた。それ自体は何とか進めてこられたが、感染が拡大し、感染爆発も起こるなかで、いくつか、課題が見えてきた。
 感染症への対処のなかで、行政からの依頼に迅速に対応できたのか、感染症病床以外の一般病床での対応は過不足なく対応できたのか、救急医療はスムーズに行われたのか、医療機関間の役割分担や連携体制は十分だったのか、医師、看護師等医療従事者は不足していなかったか、感染防護具や医療用物資の確保は迅速に行われたのか、これだけ挙げてみても、医療提供体制上の課題が浮き彫りになっている。
 今回のコロナ感染対応は、これまで経験したことのない未知の感染症であったことに加え、第6波では特にオミクロン株の強い感染力ということが大きな壁となった。第6波以前から従来の診療と並行して、コロナ患者をどのように受け入れるかが大きな課題となっていた。感染拡大初期において、感染防御対策(院内の区分け、人員配置等)、医療材料の準備、医療スタッフの教育、そして、受け入れに対する決意と覚悟が必要であった。
 感染者を受け入れる宿泊療養施設に関しても、課題があった。感染が急拡大するなかでのホテルの確保と看護師の確保だ。どちらも大変苦労した。鹿児島市医師会をはじめ各郡市医師会、看護協会の協力で、なんとか看護師と医師を確保することができた。第6波の搬送体制では第5波に比較すると改善されたとはいえ、患者急増期では十分に対応しきれない時期もあった。また、感染力の増強によって、自宅待機者も増えた。しかし、今後は自宅待機者対応にも応じられるような、柔軟な対策も求められる。
 また、第6波における今後の課題として自宅待機者が増加したことに伴い、家族内感染が拡大したことがあげられる。今回の第6波の自宅待機者急増の背景には、“感染しても重症化しない”とか“狭いホテルの部屋に長期間閉じ込められたくない”等の意識の広がりもあって、7割近くが自宅待機を希望したという事実がある。
 特に、第6波での特徴は10歳代や10歳未満の感染拡大が起こったことである。これは第5波では見られなかった。このことは、保育園や幼稚園の保護者の仕事に大きく影響を及ぼし、また、学校現場では教育面に大きな制限が起きた。

今後の対応

 従来の診療体制下で、予期しない感染症拡大時に、一般病床をいかに迅速に感染患者受け入れ病床に転換するのか。加えて、医療機関同士の連携をどのようにして確保するのかを、明確にしておく必要がある。
 例えば、病院ごとに、早期から感染症患者を受け入れるところと、急増期に受け入れるところ、感染症患者は受け入れず、その他の救急患者を受け入れるところを、あらかじめ決めておく。そして、下り搬送の流れをスムーズにし、機能分担をはっきりさせ、連携体制を構築しておけば、急性期病院に患者が滞ることは避けられる。患者の受け入れが円滑になることは間違いない。当然の措置のようだが、第5波の初期の段階でそれが出来ていなかったことで、救急医療は深刻な状況にさらされることとなった。第6波では、この流れは比較的スムーズであった。
 平時から、医療計画のなかで明確化しておくことの重要性が、コロナへの対応のなかで見えてきた。さらに欲を言えば、今回のような感染症の他にも地震、桜島大噴火、原発事故など、それぞれで対策を立て「見える化」を図っておく必要がある。
 第7次医療計画中間見直しの中に、今回コロナ対策も入ってきたことは、2024年から始まる第8次医療計画に反映させるためにも、重要なことだと思う。

第8次医療計画にもっと関わりを

 コロナの教訓の一つとして挙げられることだが、通常からやっておくべき取り組みと、感染拡大時の有事の取り組みを、医療計画にきちんと書き込んでおく必要がある。平時には、感染症病床や感染拡大時に活用しやすい病床や病床以外の施設やスペース等の整備、感染防護具等の備蓄、院内感染対策の徹底、さらには、PCR検査体制等の整備を継続的にチェックし、それを維持しておかなければならない。さらに感染管理の専門の医師や看護師の育成など、鹿児島大学と協力しながら迅速に推進したい。
 このような諸課題にどう対処するのかを、第8次医療計画の中に入れなければならない。この計画は2024年度からの実施で、鹿児島県も保健医療計画として、何を盛り込むのか、の検討を始めている。
 保健医療計画に則って、県の医療政策が実施されるのなら、もっと関わりを持ち、各地域にしっかりと落とし込んでいかなければならない。実際には、保健医療計画の実施にあたっては、県内7箇所の振興局単位に地域保健医療福祉協議会とその下部組織に専門部会の設置が謳われている。しかし、ほとんど活動できていないのが実情である。今後は、地域医療構想調整会議との整合性を持たせる意味でも、この協議会と調整会議のあり方について議論を進めていきたい。当然のことではあるが、県、自治体、住民、医師会が一緒になって、地域医療の課題に取り組むことが重要だと考える。さらに付け加えるならば、その地域の現状を反映した地域独自の医療計画策定を目指していただきたい。

ビッグデータで見た地域診断と医療機関別の役割

 今後は、ビッグデータの活用が、地域医療構想を具現化する上で大きな課題だと考える。その一つにレセプトデータがある。各医療機関の診療内容などの電子化されたデータは各保険者のほか、NDB、KDB、DPCデータなどがある。その地域の医療の現状が、数値として表れてくるので、地域医療構想が目的とする「医療機能の分化と連携」を協議するうえで、信頼できる指標が得られる。
 例えばある大病院から回復期病床を増設したいとの申し出があったとき、ビッグデータがあれば、病床が足りているのか、新たにつくる必要があるのか等、その地域の将来の医療提供体制を協議する際の貴重な資料が得られる。ただし、ビッグデータが全てではない。構想の具現化にあたっては、数字以外の様々なファクターも考慮に入れるのは当然である。
 県は医療・介護レセプト並びに特定健診データを活用するため、その分析を産業医大の松田晋哉教授に委託した。ご存じのように教授はビッグデータ分析の第一人者であり、地域医療構想の構築にも精通しておられる。
 松田教授は執筆した本のなかで「超高齢社会のわが国において、医療介護体制を質の面でも財政の面でも持続可能なものにしていくためには、客観的データを国民全体で共有し、関係者に様々な不満は残るとしても、総体として“負担を分かち合うこと”に合意してもらうしかない」と述べておられる。そして、「データをきちんと分析できれば、実用に耐えうる地区診断と施設計画の方針づくりができると思う。その作業は簡単ではないが、需要構造把握のための地区診断という作業抜きで、自施設の計画を立てることはできない」とも書いておられる。
 少子高齢時代のなか、これから10年の中期的シナリオを考えるには、第8次医療計画の作成、地域医療構想へのビッグデータの活用が不可欠である。
   (令和4年3月22日寄稿)