時言時論
   
「理念」に生き、「現場」で考え、
「大本」を忘れず

 
  鹿児島県医師会長 池田哉   
   
          
 会長職を務めて14年、長いようであり、あっという間に時代が流れたようでもある。前だけを見据えて、ひたすら走り続けてきたという思いが強い。紆余曲折があり、つらいことも、悲しいことも、怒りに震えたことも、今は思い出のなかにある。「会長としての池田」の評価は会員の皆さんにおまかせするとして、これまで、私を支え続けてくださった会員、執行部、事務局職員諸氏、折に触れて助言をいただいた多くの方々に、万感の想いを込めて感謝申し上げる。

 退任を決めたあと、これまでを振り返る気持ちもあって、その時々の会報をめくってみた。すると、会長に就任した平成22年の4月号に、会長選挙用のマニフェストが掲載されていた。そこには「奮起 ─今こそ医療の原点に─その先に進化した地域医療を目指す」とあった。「奮起」といういささか興奮気味の言葉に、「やるぞ」の心意気を読み取ることができる。会長として初めての「時言時論」には、「地域住民との対話を大切に、地域に根差した医療を実現したい」と記し、鹿児島大学との連携強化、行政とのスクラムの必要性を強調していた。

 ところで、私は、理念とか、公益とか、組織である以上、その拠って立つところが一番大事だと考えている。それは14年間変わらぬ信念でもある。

 医師会には3つの理念があると思う。一つは社会的責任を果たすこと、二つ目は会員の自己実現の支援、そして三つ目が毎年の事業計画を刷新して、組織を進化させていくことだ。理念を持つことが、今の「公益社団法人」そのものだと言ってもいい。

 平成23年12月の臨時代議員会で公益法人への移行が決まったのだが、その時私は「医師会の原点は何ですか」と問いかけられているように感じた。我々は真に医道の向上を目指しているのだろうか、社会のために貢献しているのだろうか、と。悩んだ時、私はいつも大本に立ち返って、理念に基づき、進むべき道を選んでいる。

 また、「現場」も私にとって大切だった。現地に行って、見て、地域の人と言葉を交わし、医療の実態、現実を知ることが新たな発想を生み出した。県内各地の医師会、住民、行政との現地懇談会は、私にとって新たな発想を生み出すための「現場」であった。夜開かれる懇談会を終えて帰るバスのなかで、その日出された意見や要望を思い返してみる。その地域の医療の現実があまりに深刻で、落ち込むこともあったが、我々の知らないこと、住民に知らされていなかったことなどが、情報として入ってきた。その中から、新たな事業も生まれた。

 10年間に渡って実施した、人材確保と育成のための「はやぶさプラン」は、ある地域の懇談会で、産科医が「あと10年でこの地域から産科がなくなる」と発言したことがきっかけだった。現場の医師の発言だけに説得力があり、ショッキングな現実を知らされた思いでもあった。それから数年して、産科の医師や助産学生、看護学生を支援するための「医師・助産師・看護師不足対策基金はやぶさプラン」が誕生する。

 会長在任中、災害の現場にも、医療支援に3回入った。東日本大震災、熊本震災、それに口永良部島新岳爆発。平成23年3月11日の東日本大震災ではJMATの一員として、発災から間もなく被災地に入り、北茨城、いわき市の惨状を見た。診療所の看板はあるが医師はいない。崩壊寸前の町で数日を過ごした。口永良部新島爆発では、屋久島で避難所を回り、被災した高齢の方や若者と言葉を交わし、私なりの激励をした。

 平成28年4月14日に発生した熊本地震では、「チーム池田」で宇土市に入り、支援活動に従事した。現地の惨状は今も心に焼き付いている。災害に対応するには、医療の全てが必要であり、百の言葉より、現場で見たこと、感じたこと、現場の匂いや音を体験したことが、間違いなく次の救護活動に繋がっていく。鹿児島県における「三師会・看護協会との災害時の医療救護活動に関する協定」は「災害現場」を体験したことで、締結へと発展していった。

 話は変わるが、街頭で「子ども医療費窓口負担ゼロを」の署名呼びかけに参加したのも貴重な体験だった。無関心な人、立ち止まって話を聞いてくれる人、快く署名してくれる人など、様々な人間模様を見ながら、「何としても、窓口負担ゼロを実現したい」と心底思ったものだ。

 地域医療構想をはじめとして、地域包括ケアネットワーク、働き方改革、かかりつけ医の機能発揮、医療DXなど課題は多いが、「少子・高齢化のなかで、いかに持続可能な地域医療をつくりあげるか」という目的は一つだろう。「行政、大学、医師会の強力な連携」が課題解決のためのキーワードだと、信じている。

 4年にも及んで新型コロナウイルス感染症と闘っている医療従事者の皆さんは私にとって同志でもあり、感謝のことばしか浮かんでこない。コロナのワクチン接種、発熱外来設置を始め、多くの場面で鹿児島県医師会の団結の強さも見せてもらった。そのことが、県民の信頼に繋がっているのだと実感している。

 会長職、任期満了まで残り2か月、これまでと同様の気概で職責を果たしたい。

   (令和6年3月22日寄稿)